映画 存在のない子どもたち

存在のない子どもたち
ゆっきーです。久々の投稿になります。
「ふるさとの言葉で『子どもの話を聴くときは』」企画は、昨年の今頃から動いていませんが、ぜひ、また、このお休みにチャレンジしていただければ、とても嬉しいです。
今日は、映画のご紹介。
連れ合いと観に行く予定でしたが、当日になり、
「やっぱり、最後まで観られそうにないから、やめておきます」と留守番宣言。
かなり前に、一度、レンタルで観始めたんですが、初めから、子どもたちがめっちゃ過酷な状況で暮らしていて、
「もう、観られない。止めて!」と断念した作品です。
連れ合いは、ネイチャー物のキツネがネズミを食べる、そんな場面でも、「あ~、やめて、やめて、かわいそうだから(チャンネルを)変えて!」という人なのです。ドラマでも、どう考えても、この人はこれから不幸になる、という流れになると(チャンネルを)変えちゃいます。でも、…「ドラマ」って、とりあえず、誰かが不幸になったり、ピンチにならないと、物語が成立しないので、我が家では、そういう作品がほとんど見られないわけです。
・・・なんて、我が家の事情は、どうでもよいことでした、すみません。
話を元に戻して、
映画「存在のない子どもたち」
~少年ゼインは、誕生日を知らない。過酷な現実を懸命に生きる姿を描いた奇跡の物語。~
こんな時代だから、観たい映画でした。
シネマアース主催のチャリティ上映会。万全の感染対策を徹底して開催してくださったことに感謝です。
ゼインの言葉:「両親を告訴する。こんな世の中に僕を産んだから。」
2018年レバノンの女性監督の作品です。
苛烈なまでの中東の貧困と移民の問題が描かれていますが、この映画は「遠い国の遠いお話」なんかでは全く無いと感じました。
日本でも、過酷に生き抜く子どもたちがたくさんいます。
なにか 行動しなければ
きっと、そんな気持ちになる映画です。
長い連休、ぜひ、ご覧ください。
そして、ぜひ、いっしょに、なにかできることをさがして、行動しましょう!

500 Internal Server Error

コメント

タイトルとURLをコピーしました