不出来な母の懺悔 根岸季衣

私には2人の息子がいます。
食べ盛りの頃の夏休みは日々3食作る事に追われ、買い物も毎日行くのにいつも両手一杯。スーパーの帰り道に持ってる荷物を投げ出して「いやだぁ〜!!」と叫びたい衝動に何度も駆られたものでした。

今、コロナ自粛で、外にも出られず、先行きも不確かで親子共々精神的にも本当にきついだろうとお察しします。そんな時だからこそ、このサイトの朗読が、ちょっとでも心に触れる事が出来たらと願っているのですが、辛い時にはお説教っぽく聞こえたり、上から目線に感じられたりするかもと思えて来ました。
訳知り風に読んでいる私が、ちゃんと自身の痛みと反省をこの場で懺悔しないといけないなと書く事にしました。

分かってはいるんだけれど、心に余裕がない。目先の忙しさに追われて兎に角さっさと終わらせていく事で精一杯。きっと食後の洗い物をしている私からは『今、話しかけないでね』オーラが出まくっていたのではないかしら?子供は親のメンタルに敏感だから、話したくても我慢してる。それでも話しかけてくる時はきっと余程の事なのに、それすら汲んであげられない。
何でちょっと手を止めて向き合ってあげなかったんだろう?今頃になって息子達に申し訳ない気持ちになります。そう出来ていたらもっと楽しかったろうに、豊かな時間を共有出来たろうに…この朗読は、そんな自分が出来ていなかった事ばかりを思い出させます。だからこそ、このサイトに辿り着いて下さった方が、この内容をちょっとでも心に留めて下さったら、きっと子供に向き合う時、子供だけではなく介護しているお年寄りとか、自分より弱い立場の人と触れ合う時、気持ちのゆとりに繋がってくれたらいいなぁ〜と思うのです。

次男が高校を卒業してお弁当を作る必要がなくなり、夕食も友達と外食したりと子供の食生活が自分の手を離れて行った時、私は猛烈な寂しさに襲われました。
煩わしいと思っていた日常がどれ程、面白くて豊かで貴重な時間だったのか、巣立ってゆく子供達の背中を眺め漸く気付いたのです。
今,声にして朗読する時、至らない母親でも無事に育ってくれた彼等への感謝の気持ちで一杯になります。もう2人共30を過ぎ、伴侶にも恵まれ、それぞれ仲良く暮らしています。
今になってみれば、懐かしく甘酸っぱい幸せな子育て時間。
どうぞ、どうか大切に、過ごして下さい。

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